TOP第10回入賞作品第10回 佳作「未来を守る」
最終更新日 : 2024/12/02

第10回 佳作「未来を守る」

「未来を守る」
りささん(愛知県 名古屋市)

 「結果がよくなかったのよ。」そう伏目がちに話す医師の表情をよく覚えている。
2年に一度受けていた子宮頸がん検診。今回も「問題なかったですよ。」と医師に言われ、診察室を3分で出る想定しかしていなかった。すぐにがんセンターに行くよう紹介状を渡された。不正出血も痛みも全くなく、きっと何かの間違いだろうと思った。現実味のない話に、大ごとだな、とどこか他人事だった。
 精密検査の結果、CTやMRIに腫瘍はうつらず、腫瘍マーカーも上昇していなかった。がんではない可能性を説明され、ほっとした。そうだよね、だって自覚症状もないし、まだ30代だ。念の為、円錐切除(子宮の入口を円錐状に切ってがんがないか調べる組織検査)をすることになり手術を受けた。
初期で見つかってよかったよと言いたかった。円錐切除を受けた2週間後、がんと告知された。私は32歳にして子宮と卵巣を失うことが決まった。
 手術後、再発リスクを下げるために抗がん剤治療をすることになった。吐き気や味覚障害の副作用もかなり辛かったが、何より辛かったのは見た目の変化だった。お腹には大きな傷、脱毛して落武者のようになった頭。まつ毛も眉毛も抜け、生まれてから一番不細工だった。ここまできても、まだ実感はわかなかった。
 がんの怖いところはこの先再発する可能性がつきまとうところだ。子どもはちょうど一歳になったばかり。私はいつまでこの子の成長を見られるのだろう。
もう少し早く見つかっていれば、と後悔もした。実はいろんな事情が重なって、検診は2年半ぶりだった。いつもは2年以上あけないようにしていたのに、今回に限って半年遅れた。半年早かったら、こんなに進行する前に見つかって、もしかしたら抗がん剤治療をしなくてよかったかもしれない。もしかしたら子宮も温存できたのかもしれない。今更、何を言っても遅いのだけれど。
 手術で卵巣を切除したため、32歳にして閉経した。若年で閉経すると、骨粗鬆症や心筋梗塞にかかりやすくなるため、薬で女性ホルモンを補充している。そして、女性ホルモンの補充をしていると少しではあるが乳がんのリスクがあがるため、年に一回の検診が推奨されている。もうこれ以上の病気は勘弁願いたかった私は乳がん検診を受けたのだが、こちらもエコーで影が見つかり3ヶ月後の再検査になってしまった。しこりはない。乳がんであっても初期のはずだ。良性の可能性のほうが高い。それでも、再検査になったという事実が私を苦しめた。検診に行って見つかったばかりに不安な時間を過ごさねばならない。良性の腫瘍なら、知らずにいたほうが幸せだった。検診に行かなければ、こんなにモヤモヤすることもなかったのに、と結果を恨めしく思った。
 検診でがんを見つけてもらった私でさえ、こんなふうに思うのだから、そうでない人はなおさらだろう。忙しくて時間を作ることができなかったり、病気が見つかることが怖かったり、病院に受診することが億劫だったり、検診から足が遠のく理由は人それぞれである。その理由も十分わかるのだけれど、それでも検診に行ってほしいし、行くべきなのだ。
 もちろん検診は万能ではない。定期的に検診に行っていたのに、私は子宮と卵巣を失い、今後子どもを産むことはできなくなった。他の病気のリスクも同年齢の女性と比べて高い。それでも、検診に行ったことで、がんを発見できうる一番早い段階で診断できたのだ。精密検査にも引っかからないほどのがんを見つけてくれたのは検診である。もしあの段階で気がつかなければもっと進行していたはずで、再発率も高くなっただろう。
 自分の未来が今よりもっと危うかったと思うとぞっとする。仕事を休んでちゃんと検診に行ったあのときの自分にも、がんを見つけてくれた医療機関にもとても感謝している。検診に行くことは「自分の未来を守る」ことだ。
 強く言いたい。検診に行ってほしい。検診を勧めてほしい。忙しくても時間を作って行ってほしい。仕事に子育てに忙しいあなたこそ、守るものがある人こそ行くべきなのだ。その数時間が未来の10年20年を変えるかもしれないのだから。