TOP第9回入賞作品第9回 佳作「人間ドックが繋いだ命」
最終更新日 : 2024/12/04

第9回 佳作「人間ドックが繋いだ命」

「人間ドックが繋いだ命」
後藤 里奈さん(東京都 杉並区)

 誰しも、「自分や自分の大切な人が深刻な病に罹り、命を落とすことになったら…」など、想像すらしたくはない。だからつい、「自分の身の回りに限ってそんなことはないだろう」と無意識のうちに思い込んでしまう。しかし、何事も「絶対」などと言い切れることはほとんどない。大切なものを失って初めて気づくのでは遅いのだ。だからこそ、万が一の時のための備えが必要なのであり、それがいざという時、大きな助けになるのだ。私と家族にとって、その備えが人間ドックであった。

 「体力だけが取り柄」と自負していた父が最初に体の不調を訴えたのは、今から四年前のことだった。背中と腰の痛みがしばらく続き、以前に比べて食欲も落ちていた。整骨院で施術をしてもらったあとは一時的に痛みが和らぐものの、またすぐに痛むようだった。当初は「仕事の疲れが溜まっているのだろう」と言っていたが、一向に改善しない様子を見た整体師の方が、「もしかしたら内臓に原因があるのかもしれない」と言い、病院での受診を勧めてくださった。以前から母が受診を勧めても、「疲れと年のせい」とまったく気にしていない父だったが、そこでようやく病院へ行く決意をしてくれた。
 ちょうどその頃、父は人間ドックを受けており、再検査の判定が出ていた。だが病院嫌いの父は「いつものこと」とまったく深刻に受け止めず、結果を無視していたのだ。病院でそのことを伝えると、医師から早速詳しい検査を受けるように言われた。しかし、その時期は家族で久々の旅行を予定しており、私たちはずっと楽しみにしていた。いつもは仕事一筋の父も、「やっと家族サービスができる」と張り切っていたため、「検査は旅行の後でもいいのではないか」と渋っていたが、「家族が健康でさえいれば旅行はいつでもできる。手遅れになる前に、まずは検査を受けるべき」と母が説得し、旅行の予定はすべてキャンセルして再検査を受けることになった。そしてその結果、膵臓がんであることが分かった。
 膵臓がんは自覚症状がほとんどないため、発見された時にはかなり進行していることが多いという。父の場合もすでにステージⅢであり、余命は1年と宣告された。病気について調べれば調べるほど不安は募るばかりで、絶望的な気分になった。もっとも恐れていたことが現実のものとなり、先が見えなくなってしまった。長年の喫煙と飲酒の習慣も原因の一つであったと思う。しかし、ここで癌を発見できたことは不幸中の幸いであったのかもしれない。父を元気づけるためにも、私は悲観的な情報ばかりに目を向けず、なるべく前向きに考えるよう努めた。ステージⅢでは癌の切除は難しく、手術は無理だろうとの話だったが、担当医の先生は最善の治療法を一緒に考えてくださり、なんとか手術をしてもらえることになった。進行が速く悪性度の高い癌でも、決して治療が不可能なわけではないと分かり、希望が持てた。
 手術は成功したものの術後は体重がかなり減り、一時はどうなることかと思ったが、父はその後の治療にも前向きに取り組み、体力回復に努めた。「早く元気になって家族旅行を実現したい」という強い思いが支えになっていたようだ。そして約1年後、父は宣告されていた余命を生き延び、なんとかすべての治療を終えた。
 現在父は無事に仕事にも復帰し、ほぼ普通の生活を送れている。もちろん、喫煙と飲酒はきっぱりと止めた。こうしてがんを克服できたのは、最初に受診を勧めてくださった整体師の方、旅行よりも検査を優先するよう、迷わず判断し父を説得した母、いつも全力でサポートしてくださった医療スタッフの方など、多くの人の助けがあったからだ。そしてやはり、早めに再検査を受けたことも大きいと思う。おかげで、念願の家族旅行もようやく実現できそうだ。
 あらゆる病気のいちばんの特効薬は、定期的に検査を受けること、そしてそれを踏まえた生活習慣の見直し。これに尽きるのだと思う。少しでも異常が見つかった場合は、たとえ自覚症状がなくとも必ず再検査へ行くことも大切だ。検査によっては費用がかかり、時間も取られるため、ついあと回しにしたりためらったりする人も多いかもしれない。だが、それで命が助かるのなら安いものだろう。健康においては、「自分は大丈夫」という自信は当てにならないのだ。
 来年、私は人間ドックの適齢期である35歳を迎える。今のところ健康に問題はないが、自分と自分の大切な人を守るためにも、必ず受けに行こうと思う。