「母たち姉妹からの教え」
vuvuさん(東京都)
私と五歳下の妹は、定期健診にもきちんと行っているし、心配があったらすぐに病院に行く。離れて暮らしているが、お互いに検診に行く予定や行った報告をしあっている。なにしろ、母、叔母、大叔母の三人が乳がんになり、大叔母は診断されてから早くに亡くなっている。大叔母は乳がんのかなり大変な治療中であったことを親族に黙っていたため、私たちが知ったのは亡くなってからだった。そんな家系を考えると、私たち姉妹も無関係ではいられないと思っている。
私が知る限りの親族で一番先に乳がんになったのは、私の母だ。もともとは、心配事があるから乳がん検診に一緒に行こうと、母の妹、私の叔母が母を誘ったのがきっかけで、母たちは姉妹で検診に行った。そしてがんが見つかったのは、心配事のあった叔母ではなく、誘われて行っただけの母だった。
病院からご家族と一緒に来てくださいと言われ、長女の私が一緒に話を聞きに行った。診断書を見せられ、canserと書いてあるのを見て、かに座
ががんと同じキャンサーなのは、がん細胞がカニに似ているからと聞いたような気がしたななどと思い出した。あまりに大きな事実に、すぐには現実感が湧かなかった。呆然とする私たちに、医師は話を続けた。
「幸い、極早期発見ですから、部分切除で温存も可│」と言う医師を遮って母は、「全部取ってください!」と言いだし、私も医師も驚いた。
「温存か全摘は手術当日の朝まで変更できますから…」
医師は医師としての診断や気遣いを含めてそう提案してくださったのだろうと思うが、がんになったものを残しておくのは怖すぎると、母の意思は固かった。そして母は右胸を全摘した。私が大学生の頃だった。
その四年後、母は定期健診で左胸にもがんが見つかった。再発か転移かはわからず、ホルモン治療をしている中でできたがんならば前回のものよりも悪性度が高い可能性があるとのことだった。
当時私は実家を出て東京で就職をしていたが、ちょうどホワイトデー向けのイベントで、一ヶ月の関西出張希望者を募っていたため、上司に事情を話して立候補し、帰省も兼ねた出張をすることになった。
またしても母は即決で全摘を希望した。結果的に両胸を摘出することになり、体のことは母の希望ではあったけれど、私は心の方を心配していた。一ヶ月実家にいても何かができるわけではなかったが、そばにいたいと思っていた。
入院前の検査の日、私はイベントのため神戸で仕事をしていた。その午後、東日本大震災が起きた。夜、テレビで被災地の惨状や東京の混乱を見て母は、
「今お母さんががんになってあんたが帰ってきて、難を逃れられたんやったら、今がんになってよかった。」
そう呟いたが、がんじゃなくても帰ってくるから元気でいてよ、と言った。それでも、母のがんに救われた気がするのもまた事実だった。
手術までの数日、「がんになったのがあんたらじゃなくてお母さんでよかった」と何度か言っており、そうでも思わないと耐えられない感情もあるのだろうとは思ったが、私に同意を求めてくるので少し怒ってしまった。
「本当にそうだよ、私じゃなくてお母さんでよかった!とか思うと思う?絶対にそんなことはないんだから、もうそんなこと言わないで。」
親ならば私の母のように考えることもあるのかもしれないが、子は子で、仮に自分が病気でも親がなればよかったのにとは思わないことも、理解してほしかった。私たちのかけがえのない母なのだから。
手術の日、病室で母がぼそっと、「これで何にもなくなってしまうわ。」と寂しそうに言った。全部切ってください、と勢いよく言っていたのも本音だが、それが一番奥にある本当の本音だろう。
「そやね、でも、そのおっぱいに育ててもらった私たちがいるやん。」
と言ったら、少し笑って、「でもあんたはあんまり飲まんかったけどな。」と言って、感動の雰囲気にオチを付けるあたり、大阪だなと思った。
最初のがん以降、様々な検査や検診に行っていた母が、自分のためではない検査を受けたのは、その数年後だった。こんなに乳がんが続出している家系で、これは遺伝性のものなのかを調べる検査をし、結果は遺伝性ではなかったとのことだった。
「遺伝性ではないけど、検診だけはちゃんと行きや。早期発見ならちゃんと元気になれるから。」
私は検診時に家族の既病歴を伝えると、やはり懸念事項にはなるようで、かなり丁寧に診察、説明してくださるような気がしている。医師の話では、叔母や大叔母など、家系図の「横」の関係の人はあまり気にならないが、母、祖母など、「縦」の関係の人で続いたら気になる、ということだった。祖母は乳がんではないが、胃がんサバイバーだ。なんにしても、がんの多い家系であることに変わりはない。
自身のためにはもちろん、心配してくれる家族のためにも、母の教訓を守るためにも、私たち姉妹は母たち姉妹のように、仲良く定期健診に行こうと約束している。
