「梅の花一輪」
三宅 隆吉さん(福岡県)
今年の冬は九州でも寒い日が続きました。2月23日地域の老人会の懇親会が開催され私も参加した。「大正琴」の演奏のあとはカラオケの会であった。「影を慕いて」「長崎の鐘」など懐かしい曲が続いた。皆さん元気でありマイクを奪い合うほどの盛況であった。
懇親の場での話題は主として次の3つであった。
1 健康
2 年金
3 孫自慢
中でも健康は皆さま方の最高の関心事であることが分かった。
隣に座っておられた奥さんは愉快な方であった。「高校時代は野球部のマネージャーをしていたのですよ」「男ばかりの中で女一人。さぞやもてたでしょうね」と私。
「いやそれが当時の私はまだウブだったのですよ。素敵な人が沢山いたのにもったいないことをしましたわ。」
健康維持のために始めた畑作業が年を重ねると更に好きになった。畑は四季折々に喜びを与え、生活に節目をつけてくれる。
特に天候には敏感になった。
今まで嫌っていた雨も作物にはなくてはならないものだと知った。
「嬉しいのは土の香りと温かさである」。この香りと温かさによって、生かされているなと思っている。しかし、自然を相手の作業には喜びもあるが骨折ることも多い。特に草取りと害虫対策は大変だ。農業をされておられる方々のご苦労は大きいと思う。妻は明るい笑顔で言う。「せめて種代位は稼いで下さいね」 と。
3年前の夕刻のことであった。
公園へ散歩に出かけていた妻から電話があった。「胸が痛むの、迎えに来て下さい」妻は公園のベンチに蹲り苦しそうであった。
幸い発作は数分で治まり、通常の明るい表情の妻に還っていた。
妻75歳。詳しくは令和4年9月23日の午後のことであった。彼女は言った。「もう大丈夫です。明日にでも病院に連れて行って下さい」。私は答えた。「駄目だ。すぐに病院へ行く」夕飯も取らず、そのまま私の車で病院へ直行した。
病院へ直行したのは、人間ドックを受けた時の医師の診断が頭をよぎったからであった。
医師は厳しかったが、患者に対する優しさが滲んでいた。「心臓の血管に溜がある。半年ごとに検査を受けてほしい。少しでも異常があればすぐに来院して下さい」であった。人間ドックの診断に従った私の判断は正しかった。
病院では必要な検査を済ませたあとで医師は言った。
「このままでは命の保証はできない。直ちに手術を行う。病名は急性心臓大動脈乖離です。」
手術には約10時間を要する。
病院スタッフの懸命な努力により妻は一命をとりとめた。人間ドックを受けていたために病院へ直行したことが彼女の命を救ってくれたのである。
妻は40年前にも、ドックの健診でがんが発見された。今ほど医学も進んでおらず、本人も私も死を覚悟していた。幸い早期の発見であったた
め命を取り留めた。
大病を経験した妻は、感ずるところがあったのであろう。感謝の言葉をよく口にした。
苦しかった闘病生活の中から学び取ったこれらの貴重な経験は何物にも勝る宝であった。病気はマイナス面ばかりではない。精神面での豊かさを身に着けたのである。
これも人間ドックがもたらしたものであった。53回目の結婚記念日で「私はあなたと会えて幸せでした。とても感謝しています」と妻が言った。そのとき、私は間をおかず「何を言うか。それは俺の言うセリフじゃないか」と答えた。2人にそれ以上のやりとりは不要だった。
世の中に感謝し、残された生活を誠実に、丁寧に健診を受けながら生きて行きたいと考えております。
同時に私たちの経験を語り、人間ドックを受けるように老人会の皆様や知人や友人に勧めております。
今日2月の24日。うっすらと降り積もった雪の中から蕗の薹が顔を出している。地上では冬の寒さに耐えた梅の木が一輪花を咲かせていました。
植物に畏敬の念を感じた。彼らは大地との約束を健気に果たしているのだと思われた。自然に教えられることは多い。これらの植物に恥じないように健康つくりに励みたい。
健診へ行こう。そして「延ばそう健康寿命」を。
