剣道の教本に歩き方について具体的に解説されたものが見当たりませんでしたので、「剣道指導副読本(井上義彦範士/非売品)」に書かれている小笠原流三十世家元、小笠原清信氏の説く正しい歩き方を引用します。
昔から歩き方10年といって、本当に正しい歩き方を習得するには10年かかるといわれるほどのものです。
■正しい歩き方
歩き方といってもいろいろある。
畳の上、板の上、装束をきた時、女性などの裾をひいている時など、それぞれ心得が違ってくる。
まず基本の歩き方を説明しよう。
まず正しい立った姿勢になり、腰をすえ、眼はおよそ4メートルほど先の地面をみるようにし、膝を曲げず、下座の足から歩きはじめる。
踏み出した足は軽く、力をいれない。残った足に体重をもたせておき、身体の運行につれて重心を移してゆく。このようにして、つねに後の足を前に運ぶようにして、また次の足を軽く出していく。足先は正しく前方を向き、かかとをあげないようにし、体を動揺させずすらすらと歩く。かかとをあげると、停まっている間に前の足の方に重心が移行してしまう。
ここで注意したいことは、後の足を前に運ぶ心持で歩くことである。つまり前の足で立って後の足をひっぱるようにしないことである。そのためには一足ごとに膝を折らないようにし、足先で歩く心持ではなく、股(もも)で歩くようにすると足先が軽く出るのである。
その時の重心点は土ふまずにある。興業の玉のりで玉の上を歩く運びが理想である。
畳の上を歩くときは、かかとの方に重みをもたせ、爪先を軽く出して歩けば、畳の音も高くなく、目立たないように歩ける。また進む足に力を入れると、音が大きくなって体が放身するから、荒々しい危ない歩き方になって、つまづいたりするもとになる。また畳の上を爪先だけで歩くのは「しのび足」「ぬき足」などといっていやしい歩き方とされている。
板の上を歩くときは、とくに足をすらないようにし、足の裏を見せないように注意する。
また着流しのときはとくに足を真直ぐにして歩かないと見苦しいし、女性が裾をひいた着物で歩くときは、この正しい歩き方でないと裾がからんでしまう。
また屋外で歩くときには、履物をひきずって歩かないようにすることは当然であろう。
眼のつけ所は原則として4メートルほど前方としたが、場所の広さ、その人の体の大小によって加減しなければならない。しかし眼球を動かしたり、首を振って歩いたりしないようにしたいものである。
さて、歩行は息に合わせるものであるから、速く歩くときには呼吸も早く、足の幅は狭くこまかくする。これは1つには裾音をさせない効用もあるのである。おそく静かに歩くときは呼吸をふっかう、足の幅は広くする。また部屋の広さによって足の幅も違えなければならないものである。そして、正しい呼吸は姿勢を正しくする。
■歩み様
むかしから歩き方10年といって、本当に正しい歩き方を習得するには10年かかるといわれたものである。しかも、今まで述べた基本的な歩き方を中心に、いろいろな歩き方の種類がある。同じ歩き方のなかでも、「序・破・急」といったような変化もあるのである。
一般に室内では早い足ほど足幅を狭くするものであるが、呼吸も関係してくる。
「ねる足」「運ぶ足」「歩む足」「はしる足」というようなことが伝えられている。
歩み様(よう)といって、「足」のかわりに、例えば「ねる足」の足のかわりに様(よう)という言葉を使って、「ねる様」というようにもいうのである。
(1)ねる様(ねる足)
殿中などをゆっくり歩く歩き方で、一息吸って一足進め、一息吐くあいだは停止している。そして、つぎにまた一息吸う時に足を一歩進め、一息はくときは停止している。いわゆるおねりといわれるような歩き方である。足幅は一番広い。
(2)はこび様(はこぶ足)
一息吸うときに一足だし、一息はくとき別の一足をだしていく。わりあいゆっくりとした感じの歩き方である。深く吸う息だけ足をだし、はく息でつぎの足をすすめるのである。足幅はわりあい広い。
(3)歩み様(歩む足)
一吐一足一吸一息である。少し息を早くし、一つ吸う息で一足、一つ吐く息で一足すすむ。足の幅ははこび様より狭く、およそ2メートルを男は三歩半、女は四歩半で歩く。これがいろいろな歩み方の基本となるものである。
(4)進み様(進む足)
前の歩み様より少し息を早くし、一つ吸う息で二足、一つ吐く息で二足すすむ。足の幅は後足の爪先が前足のかかとのところにつくように進めるのである。
(5)はしる様(はしる足)
進み足よりもっと早く、足幅はさらに狭く、後足の爪先は前足の半ばのところまでもってくる。
(6)寄せ足歩み様
体を左へ開くときには左足を左横に開いて右足をよせ、逆に右に開くときは右足を右横に開いて左足をよせる。
(7)送り足歩み様
一歩進んだ足に次の足を揃え、また前の足をすすめていくのである。これら、いずれの歩み様でも、足は内輪(うちまた)外輪(外また)にならないように爪先を真直ぐに進めていき、花嫁衣裳のように裾をひいた着物ときは足を出しながら、褄を開くように爪先を使うのである。また昔の大名などのように長袴をはいている時は、足を6センチほどあげながら進むのである。
以上です。