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最終更新日 : 2026/07/08

第8回 最優秀作品賞「元気っていう証拠」

「元気っていう証拠」
ペンネーム tsukiさん (宮城県仙台市)

 私は学校で受ける健康診断が嫌いだった。こんな風に過去形で言えるようになったのはあるひとの言葉がきっかけだ。

 私は月に一回病院に通っていた。身長・体重の計測、診察と薬の処方。何か月かに一度は検査を受けなければならなかった。春頃に学校で受ける健康診断より検査の数も多い。身長・体重の計測からMRIまで様々だ。慣れた診察室、顔見知りの看護師、検査技師、医師。皆丁寧で話上手、毎月通う私を可愛がってくれる優しいひとたちだ。この検査も病院も嫌いではない。

 学校の健康診断が嫌いな理由はいくつかあった。ひとつは、普段の授業とは異なる空気に少し皆浮かれているように見えたから。身長・体重の計測結果で一喜一憂することなんて私にはなかった。皆は一年経てば身長も伸びるかもしれない。けれど、私はたったひと月で大して変わるわけもなかった。「採血怖いね。」「痛いかな?」そんな会話も笑ってなんとなくやり過ごした。慣れてしまっていた私にはその感覚はもうなかった。少し浮かれているような皆も嫌だったけれど、皆をそういう風に見てしまう自分がもっと嫌だったのだと思う。

 もうひとつは健康診断を学校でも受けることが納得できなかったから。病院でも受けているのにどうして学校でも受けなければならないの、と思っていた。我儘だと自覚していたし、学校が悪いとは思っていなかった。健康診断の大切さも理解しているつもりだった。ただ、「どうして私ばかりたくさん検査を受けているのだろう」という思いもあった。誰かに言うことはなかったけれど、心の中では嫌いだと思っていた。

 ある年、ちょうど病院での検査と学校での健康診断の時期が重なった。少しだけ病院の検査の方が先だったから、ついお世話になっている病院のスタッフに愚痴をこぼした。

「来週は学校で健康診断があるんですよ。また同じようなことをすると思うと憂鬱です。」そんな風に私は言った。

「そうなの?検査のとき嫌な顔なんて見せないじゃないですか。」

「採血もMRIも淡々と受けているように見えたけどなぁ。」

と言いながら皆意外そうに笑っていた。

「この検査は嫌じゃないですよ。ただ、学校の健康診断も受ける必要ってあるのかなって思っちゃうんですよね。ここの検査で十分じゃんって。」

私の本音だった。私をよく知る医師が診てくれるこの検査だけで十分ではないのか、といつも思っていた。

「健康診断って大切だと思う?」

とスタッフのひとりに優しく聞かれ、私はすぐに頷く。そして「どうして?」と質問を続けられる。私は言葉に詰まった。その質問に対する私の答えは「早期発見とか、なんとなく大切でしょ。」というような曖昧なものだったから。健康診断での早期発見の話は聞いたことがある。でもきっと自分事で考えたことなんてなかったのだ。どこか他人事で聞いていた。だから当時の私はこの問いに対する答えを持ち合わせていなかった。

「健康診断は悪いところを見つけることができるから意味があるって思ってない?」

「違うんですか?」

「違わない。でも、言い換えれば悪いところがないって証明されることでしょう。どこも悪くないって証明されることに意味がある。元気っていう証拠なのよ。あなたは元気だっていう証拠を来週も更新しに行くだけ。」

私はこの言葉にはっとさせられた。納得いかないと不満そうだった自分が急に恥ずかしくなった。「少しは憂鬱じゃなくなった?」と笑うそのひとは綺麗で、悔しいくらい格好良かった。自分や自分の周囲で経験したことのない話よりも私には分かりやすかったのだと思う。

 それからの健康診断は少し楽しかった。元気っていう証拠を更新していると思うと、前向きな気持ちになれた。

 私の話は、重い病気が人間ドックで早期発見されただとか、健康診断を機に生活習慣を見直しただとか、そういうことではない。けれど、「健康診断、面倒だなぁ。」「人間ドックなんて憂鬱だ。」と心の中で思っているひとに届いたらいいなと思う。特に具合が悪いわけでも後ろめたいわけでもないけれど面倒だと思う人は少なくないのではないだろうか。そんなひとたちが少しでも前向きな気持ちで人間ドックや健康診断へ行くことができたらと思う。