「福反応」
早川 まりこさん(埼玉県 所沢市)
人間ドックが好きだ。好きと言っても胃カメラやバリウムが好きなわけではなく、家族と検診の結果を語るのが好きだ。「俺は血液型以外、全部Aだ」と豪語する父に「でも去年より体重は増えてるけどね」と母が鋭い指摘をする。このシュールさが好きだ。今年はオンライン検診にした弟が「おうちでドックもいいよ」と言うと「それ、うまいのか?」と卒寿を迎える祖父が『ホットドッグ』と勘違いをする。こんなお茶目なとこも好きだ。
検診前夜も好きだ。食卓に準備されたホットドッグを皆でかじりつく。「なんで今日ホットドッグなの?」と尋ねる弟に「明日の人間ドックでホッとできるように、ね」と母が強く言う。このくだらない験担ぎが好きだ。「それならホットケーキでいいじゃん」と言えば「ケーキじゃ意味ないの」とやたらムキになる。こんな家族思いな所も好きだ。
しかしわが家も一度だけ検診を受けない時期があった。きっかけは新型コロナウィルス。会社では人間ドックが延期となり、自治体の健診も中止に。おかげで家にいることが増え、体重が増え、愚痴も増えた。
そんな中、母に乳がんが見つかった。これまで定期的に検診を受けていたがコロナ禍で見送ったのが仇となった。
診察に立ち会った父は「こんな一年くらいで」と言葉を詰まらせた。しかし医師は表情を変え、「乳がんはたった一年弱で倍の大きさになるんです」と語気を強めた。それだけでなく、元気な人でも一日5,000個のがん細胞が作られ、誰でもかかりうることを強調した。そこで家族が変わった。
私はすぐに婦人科検診が受けられる病院を探した。父と弟はかかりつけのクリニックで何とか予約が取れた。だが二週間後、手元に届いた通知を見て愕然とした。
『D、婦人科検診、要精密検査』
まさか。なんで。私は慌ててスマホを取り出し、買い物に行った母を呼び寄せた。その後はあまり覚えていない。声にならない「怖い」や「死にたくない」をくり返し、ガラス窓が割れるような声で泣いた。どのくらい泣いたかわからない。気づけば母の腕に無数の爪跡が残っていた。だけどそんな私を母はずっと抱きしめた。乳房のなくなった小さな胸で。それはまるで命まで削られたように骨が浮く。だけど母は言った。
「私はガンが見つかってホッとしてるんだよ。」
「えっ。」
「だって治療ができるんだもの。何もなければ安心。何かあっても安心。そう思わない?」
母の言葉は耳ではなく、胸に沁みた。
「なあに心配することはない。胸がなくたって、胸張って生きてる人間がここにいるんだから!」
母はそう言うと買ってきたパンを差し出した。
「さっき買ってきたの。明日ホッとできるように、ホットドッグ」
母ははにかんだ。私も目頭を抑えながら、ちょっと、笑った。 母というものは強く、やさしく、どんな時もあたたかい存在。ホットドッグは、最後、感謝の涙でしょっぱくなった。
コロナ禍となって二年。私たちの生活はこれまでにないほど大きく変わった。仕事も、授業も、検診までもオンライン。今や予約がネットでできる時代に忙しいは言い訳にならない。それでも検診控えは相変わらずの様相を見せる。世間ではワクチン接種やその副反応に関心が高まる一方、検診に対する意識は低くなっている。私もコロナ関連のニュースを見ない日はない。感染も怖いが副反応も恐ろしい。そんな中「ワクチン打った?」とLINEをくれるのは同僚くらい。「コロナが終わったら飲もう」と言うのは親友くらい。「検診受けた?」と聞くのは家族くらい。つまり家族のつながりは命のつながり。私にとっては、命綱。絶対に失ってはならないのだ。
今や二人に一人がかかる時代。こうしてコロナに怯えている今も、がんは確実に進行している。もちろんかからないようにする事も大事だが、見逃さないようにする事は、もっと大事。病気が見つかれば治療法が見つかる。そう思える強さこそ、健診の「福」反応かもしれない。
これからも検診を受けていきたいし、家族が笑顔でいられる日が増えたら、もっと、いい。そんなことを考えるのが、今は一番好きだ。
「来年のホットドッグにはレタスも添えなきゃね!」
今日も食卓に響く、母の声が、強くも、凄くあたたかい。
