「1回の奇跡」
ペンネーム はーてぃままさん(京都府 京都市)
人間ドックを受け始めたのは、司法書士の資格を取り、自営業を始めてからである。年1回、先着順で司法書士会からの費用補助が受けられるというので、受けたのがきっかけである。
30代始めに主婦から転身し開業した私は、それまで、人間ドックはバリバリ仕事しているお父さんや、健康に特に気を配る余裕のある人が受診するものだと思っていた。学生時代の健康診断のように一時に身長体重測定、眼科検査、血液検査、尿検査、心電図などを行うことを、とて
も懐かしく感じた。
しかし、前日には食事制限があったり、苦しい胃カメラがあったり、申し訳ないがタバコ臭かったり咳払いの多いおじさんたちと同じ待合というのも気分が良いものではなく、また、流れ作業的点検という感じにも違和感があった。
そんな風に感じていたこと、また、数年間、人間ドックの結果が何事もなかったこともあり、私は、会からの人間ドックの案内が来ても申し込みを後回しにするようになった。そのうち、先着順から漏れるようになり、「全額自分で出してまでは」、と、行かなくなってしまった。
ましてや36才で娘が生まれ、仕事に子育てに家事、と綱渡りのような忙しい毎日の中では、ますます、時間を割いて人間ドックに行こうという気持ちは湧いてこなかった。
娘も小学校3年になって、諸々が少し落ち着いてきたころ、ふと人間ドックの案内に目が留まった。
―またあんな感じの人間ドック、気が進まないなぁ・・・でも、元気に成長してくれることを願って、この子の誕生月の11月に受けることにしようかなぁ―
と思うことにして、前回とは違う健診先を選んで申し込んでみた。あの苦しい胃カメラも、鼻から入れるのなら少しマシだというのでそれにしてもらった。
久々の人間ドックはそれまでとかなり印象が違った。女性だけのレディースフロアで、スタッフも感じよいもてなし(健診でもてなし、というのも変ではあるが)で居心地の良い空間だった。鼻からの胃カメラはやはりきつかったが乗り越えた。
検診後のランチはとても美味しかったし、胃カメラさえ頑張れば毎年気持ちよく受けられる!と、明るい気持ちになった。よし、毎年11月に検診を受けよう!と私は決めた。結果は2,3週間後に郵送されます、との説明を受け、なにか晴れやかな気持ちで帰宅した。
しかし、1週間後、健診先から電話があった。
胃の再検査をして欲しいとのこと。
「苦手な胃カメラをまたこんなすぐにするのは嫌です!どうしてですか?見忘れ等あったのですか?」
電話の意図がわからず電話口の医師に詰め寄ったとき、医師は静かに答えた。
「胃がんの可能性があります」
年末、かかりつけの病院で再検査をお願いした。
「僕が当直明けだったら見落としていたかもしれないほど、見つけにくいガンです。でも来年だったら確実に進行ガンで手遅れでした。」
目の前で「ガン」と告知を受け、現実味はないのに、その恐ろしい響きに呆然としたことをはっきりと覚えている。
処置を迷うという選択肢はなく、そこからの時の流れは早かった。1月半ばに胃の3分の2を切除。合併症にもなったので2か月近く入院した。
