TOP第12回入賞作品第12回 最優秀作品賞 「早く知るという勇気 ― 母が隠した理由」
最終更新日 : 2026/05/29

第12回 最優秀作品賞 「早く知るという勇気 ― 母が隠した理由」

「早く知るという勇気 ― 母が隠した理由」
岡 昌子さん(三重県)

「私は健康だから。心配しなくていいの」

母は、そう言って笑っていた。

健診も受けているし、大丈夫。
そう繰り返しながら、がん保険まで解約していた。

母が亡くなったあと、タンスの奥から一通の封筒が見つかった。
そこには、精密検査を勧める健診結果が入っていた。

赤い数値。
再検査の文字。

私はその場に座り込んだ。

なぜ、隠したのだろう。

母は、弱音を吐かない人だった。
「迷惑をかけたくない」が口癖だった。

「病院なんて、行けば病気見つかるんだから」

冗談めかして、そうも言っていた。

あれは冗談ではなかったのかもしれない。
見つかることが、怖かったのだ。

昭和を生きた女性にとって、
自分の病気は“家族への負担”だったのだと思う。

検査費用。
治療費。
家事ができなくなること。
父の世話。
私たちへの心配。

「私さえ我慢すればいい」

きっと、そう思ったのだろう。
保険を解約したのも、
「もう大丈夫だから」と言いながら、
本当は“なかったことにしたかった”のかもしれない。

病名を確定させない限り、
まだ健康でいられる。

そんな心理が、どこかにあったのではないか。

けれど、現実は待ってくれなかった。
見つかったときには大腸がんは進行していて、
半年間の闘病の末、母は旅立った。

私は毎朝、母に野菜の生ジュースを作った。
父が帰る時間になると、母は少しでも明るく見えるようにと、かわいいパジャマに着替えた。

「ウサギみたいだね」と言うと、
「ぴょん」と、いつもの調子で笑った。

あのとき母は、何を思っていたのだろう。

怖かっただろうか。
後悔していただろうか。

私は何度も考える。

もし、あの封筒を私に見せていたら。
もし、もう一度検査を受けていたら。

母の選択は、家族を守るためだった。
でも結果として、私たちに深い後悔を残した。

だから私は決めた。

怖くても、知る。

母を見送ったあと、初めて人間ドックを受けた。
まだ子どもは小さかった。

結果を待つ時間、
「もし異常があったら」と考え、手が震えた。

けれど封筒を開けた瞬間、
胸に広がったのは安堵だった。

異常なし。

その一枚の紙が、
こんなにも未来を守るものだと初めて知った。

健診は、病気を探すものではない。
家族との時間を守るための行動だ。

母は、家族に心配をかけたくなくて隠した。
私は、家族を守るために毎年受ける。

世代は変わる。
守り方も変わっていい。

「大丈夫」と言い切る前に、どうか確かめてほしい。

精密検査の通知を引き出しにしまわないでほしい。
怖いからこそ、受けてほしい。

早期発見は、命の時間を増やす。
そして、残される家族の後悔を減らす。

母の封筒の赤い数値は、今も私の胸に残っている。

だから私は、今日も検査を受ける。