「父と過ごせたあと六年」
石川 野雅さん(静岡県)
私の父は、まさに「人間ドックのおかげでより長く生きれた」一人です。あれは今から何年も前のことでした。父は受けた人間ドックで、「多発性骨髄腫」という血液のがんの一種を診断されました。当時はまだ自覚症状もなく、本当に晴天の霹靂でした。医師から告げられた病名に、私たち家族は大きな衝撃を受け、目の前が真っ暗になったのを覚えています。しかし、同時に告げられた「早期発見だったため、治療の選択肢が広く、まだ間に合う」という言葉は、絶望の淵に差した一筋の光でした。
もし、父が人間ドックを受けていなかったら。もし、自覚症状が現れるまで放置していたら。きっと、病気はもっと進行し、手遅れになっていたかもしれません。そう考えると、あの時、父が人間ドックを受けてくれたこと、それがどれほど私たち家族にとって大きな意味を持つ決断だったか、改めて胸に迫ります。父は、私たち家族への、そして未来の自分への、最高の贈り物をしてくれたのです。
診断後、父は懸命に抗がん剤治療や放射線、骨髄移植等に取り組みました。もちろん、辛い時期もたくさんありました。しかし、早期発見だったおかげで、比較的体への負担が少ない治療法を選択でき、病気の進行を抑えながら、充実した日々を送ることができました。そして、診断から実に六年もの間、私たち家族と共に生きてくれたのです。父は二〇二二年に四十九歳でこの世を去りましたが、私が中学二年生で父を亡くした時、この六年間があったからこそ、「もっと早く亡くさなくてよかった」と心から思えたのです。この六年間は、私たち家族にとって、かけがえのない、宝物のような時間でした。
私の父は、ナイトクラブのマネージャーとして、そして音響担当として、まさに「夜のエンターテイナー」でした。音楽と光に包まれた世界で、多くの人々を楽しませることに情熱を注いでいた父。そんな父が病気と向き合いながらも、決して人生を諦めることはありませんでした。むしろ、「与えられた命を精一杯生きる」という強い意志を持っていました。
この六年間で、父は自分の人生をさらに深め、広げていきました。父は通信制の大学に入学し、かねてからの夢だったホテルマネジメントや、ワインに関する専門知識を熱心に学びました。夜の仕事とはまた違う、知的な世界への探究心は、私たち家族の目にも眩しく映りました。また、時間を見つけては多くの場所へ旅に出かけ、様々な文化や人々と触れ合いました。そして、その自由な精神で多くの出会いを楽しみ、人生を存分に謳歌していました。父は、私たちに「人生は一度きり。だからこそ、自分の心に正直に、後悔なく生きるべきだ」というメッセージを、その生き様で示してくれたのだと思います。
父が病気と向き合う中で示した精神力や、前向きな姿勢は、まさに「自己肯定感」の賜物だと感じています。どんな困難な状況にあっても、自分自身の価値を信じ、諦めずに前に進む力。これは、私たち家族に大きな勇気を与えてくれました。病気が私たち家族に与えたものは、悲しみだけではありません。父の強さと、家族の絆の深さ、そして命の尊さを改めて教えてくれた、見えない学びと強さでした。
人間ドックは、「病気を見つける」という直接的な目的だけでなく、私たちに多くの大切なことを教えてくれます。一つは、「健康への意識」を高め、「生活習慣を見直す」きっかけを与えてくれることです。診断結果を通して、自分の体の状態を客観的に知ることで、食生活や運動習慣、睡眠の質など、日々の生活を見直す具体的な動機付けになります。
また、漠然とした健康への不安を、具体的な対処へと変える力も持っています。「何かあったらどうしよう」という不安は、心を蝕み、私たちのパフォーマンスを低下させることがあります。しかし、定期的な検診を受け、自分の体の状態を把握することで、その漠然とした不安は「今は大丈夫」「もし何かあっても早期に対処できる」という安心感、あるいは「具体的な改善策を講じよう」という前向きな行動へと転換されるのです。これは、心理的なゆとりを生み出し、自己肯定感を高め、人生を主体的に生きるための大切なステップになります。
「忙しいから」「まだ若いから大丈夫」といった言い訳は、残念ながら通用しないことがあります。病気は、年齢や性別を選ばずにやってくる可能性があります。自分を大切にすること、そして大切な家族や友人のためにも、定期的な検診は、現代社会を生きる私たちにとって、もはや「義務」ではなく「愛」であると私は強く感じています。
父が与えてくれた六年間は、私たち家族にとって、お金では決して買えない、かけがえのない時間でした。私が中学二年生で父を亡くした時、その六年間があったからこそ、私たちは父との思い出をたくさん作ることができました。父は、その時間の中で、学び、旅をし、人生を謳歌し、そして私たちに計り知れない愛と教訓を残してくれました。人間ドックは、その「時間」という最高の贈り物を、私たちに届けてくれたのです。
私の経験から、一人でも多くの人に検診の重要性が伝わることを心から願っています。どうか、自分の体をいたわること、そして未来の自分に責任を持つこと。それは、自分自身をエンパワーメントし、より充実した人生を送るための、最高の自己投資です。
